前回に引き続いて『永平広録』におさめられた、道元禅師の「小参」という説法をみてゆきます。
主題となる古則公案の部分以降を確認していこうと思います。
世尊、昔、因に自恣の日、文殊、三処に過夏す。迦葉、文殊を擯出せんと欲し、纔かに椎に近けば、乃ち百千万億の文殊を見る。迦葉、その神力を尽くせども、椎、挙すること能わず。世尊、遂に迦葉に問う、汝、那箇の文殊をか擯せん。迦葉、無対。
【和訳】
ブッダ世尊の昔、安居の最終日、修行の点検の日に、文殊菩薩が(律に抵触する)三つの場所で安居していた(ことが分かった)。 このとき迦葉尊者は、擯出羯磨(ひんずい/ひんしゅつ こんま)を行い文殊をサンガより除免しようと、やおら犍椎(けんち) に近づけば、たちまち百千万億の文殊が現れた。迦葉は、神力をあれこれ用いたけれども犍椎を打つことができない。世尊はここで迦葉に問うた、「お前さん、どの文殊を追い出そうというのかね」と。迦葉は答えることができない。
文字通り翻訳すればこのような意味になります。
One Point!- 「安居」(あんご) というの、は雨期の三ヶ月間、外を出歩いて昆虫などの小動物を踏みつけて生命を害さないように、比丘(僧侶)たちは一つの精舎に集まって、屋外に出ないようにして生活をします。寺院とはそのためのものでもありました。禅宗系のお寺では、今でも安居を行うことがあります。厳密に一歩も外へ出ないでということは、現代社会にあってできないことではありますが……。
- 「自恣」(じし)というのは、律蔵に決められている規則で、安居が終わる時に、見たり聞いたり疑いがあることについてお互い指摘しあい、安居中の修行のあり方を点検することです。今、文殊菩薩はこの作法によって疑いをかけられたのです。懺悔や布薩と混同しているような解説もありますが、別の羯磨(作法)です。曹洞宗系では「布薩」(ふさつ)という儀式に取って代わられているようであまり行われなかったようですが、臨済宗では今でも行っているようです。
- 「擯出羯磨」 というのは、戒律に違犯したかどうかを行う裁判のような制度が本来仏教々団にはあり、ここではこの共同体からの除籍の法廷に発展してしまいました。
- 「犍椎」……サンスクリットで ga.n.taa 「けんち・かんち」などと発音される。儀式の際に打ち鳴らして注意を喚起するもの。中国宋代では特に木槌(こづち)状のものとなり、「槌」(つい)ともいわれる。
文殊菩薩

ブッダが最高裁判官で鎮座しており、お弟子の代表格である迦葉尊者が裁判官と検察を兼ねた役というのでしょうか、罪状を認定するお役として、刑を言い渡すハンマーを握っています。文殊菩薩はそんな迦葉尊者をあざ笑うかのように、神通力を駆使して百千億もの数の分身をあらわしたというのです。迦葉尊者はどの文殊菩薩にハンマーを打ち鳴らして刑を言いわたしていいのか分からなくなって、何も言えなくなってしまう。
表面的に見れば、そんな意味になるのかと思います。
ところが各お祖師様の意見をうかがうと、少し見方が違うようなのです。
それでは、この公案はどのように理解されてきたのでしょうか。次にそのことを見て行きたいと思います。
前にも申し上げましたが、道元禅師は『正法眼蔵』でもこの公案を取り上げ――中国宋代のお祖師様である圜悟克勤禅師の「拈古」……評、と「頌」……漢詩で感想を述べられたもの――これらを併記されています。また今『永平広録』が直接引用してきた『宏智録』では、道元禅師が尊敬したお祖師様である宏智正覚禅師の「拈古」が付されています。
このお二方のものを見てゆくことが、近道かと思います。
ただ道元禅師は、おそらくこの拈・頌古を、『正法眼蔵』の中では原文どおりに読んでいないと思われます。それは道元禅師の門下の方々の注釈書で推測できます。ここではひとまず文章どおりに読んでおきました。
①圜悟克勤禅師・拈古(大正蔵 47 巻、792 頁a)
| 鐘不撃不響。鼓不打不鳴。 | | 鐘撃たざれば響かず、鼓打たざれば鳴らず |
| 迦葉既把断要津。文殊乃十方坐断。 | | 迦葉既に要津を把断し、文殊乃ち十方に坐断す |
| 当時好一場仏事。可惜放過一著。 | | 当時、好一場の仏事。惜しむ可し、一著を放過することを |
| 待釈迦老子道欲擯那箇文殊。便与撃一槌看。 | | 釈迦老師の「那箇文殊を擯せんと欲す」と道うを待って、便ち撃一槌を与えて看ん。 |
| 他作麼生合殺。 | | 他、作麼生か合殺せん |
【和訳】
鐘は撃たなかったら響かない、太鼓だって打たなかったら鳴らないだろう。
(さて)迦葉はすでにブッダの代理人の立場、肝心要の鍵は彼が握っており、一方で文殊菩薩は十方世界を足下に組みしく実力の持ち主。その時、仏道上でも滅多にない絶好の見せ場。惜しいことに、一手を指し損ねてしまった。
最高裁判官の釈迦老師が「どの文殊を追い出そうというのかね」の最後の一言をいうのを待って、その時めがけて、ハンマーをカンッと1つ打ち鳴らしてみれば好かったのに。
彼(=釈迦牟尼仏)はどのように始末をつけただろうか。
圜悟さんの笑い声が聞こえるようです。
One Point!- 「合殺」(かっさつ) というのは、梵唄(現在では「声明」《しょうみょう》といわれることが普通になった。いわゆる仏教音楽)で返音(へんのん・転調)やユニゾンで唱えられる『理趣経』の最後に付される段で知られていますが、漢籍の中では、合奏で複数の音が同時に鳴って、終わりを結ぶときに使用され、「楽曲の終わり」という意味に用いられます。ところで「皆殺し」という恐ろしい訳を見たことがあります。原義を尋ねれば、おそらくお互いを相殺する状況の語から派生したと推測されますが、「ありがとう」の原義が「有り難い」ことであっても、感謝の意を表する言葉であるように、辞書的には「(曲の)終わり」の意味でしかありません。ここでは「帳尻を合わせること」程度に理解しました。
- 「坐断」 は、足の下に押さえ込むことです。
- 「他」 は、シャカムニ・ブッダと理解しました。しかし宏智さんの理解では、ここでブッダがどういう行動に出るかは圜悟さんは分かっていた、と読めますので、「文殊菩薩がどういう風につじつまを合わせようとするのか。できまいぞ」の意味で、文殊菩薩説も捨てがたいところです。ただおそらく成立しないと思われます。
②圜悟克勤禅師・頌古(同、805 頁a)
| 大象不遊兔径。燕雀安知鴻鵠。 | | 大象、兔径に遊ばず、燕雀いずくんぞ鴻鵠を知らん |
| 拠令宛若成風。破的渾如齧鏃。 | | 令に拠らば、あたかも風を成すがごとく、的を破すれば、すべてやじりをかむが如し |
| 遍界是文殊。遍界是迦葉。 | | 遍界是れ文殊、遍界是れ迦葉 |
| 相対各儼然。 | | 相い対しておのおの儼然 |
| 挙槌何処罰好一箚。金色頭陀曽落節 | | 挙槌、いずれの処をか罰せん、好一箚。金色の頭陀、曽て落節す |
【和訳】
大象は兔が通る道は通らないし、ツバメや雀がどうして大鳥(鴻鵠)の境界を知り得よう。
法令が下されば、あたかも風が起こったように何の計らいもなくそれを執行する(迦葉と)、的中する矢も、見事口先で受け止めてしまう技量(の文殊と)。
全世界がこれ文殊、全世界がこれ迦葉。両者は相対して動かず。
裁定のハンマーを打ち鳴らそうにも、どこに向けて罰したらいいのか、それを挫いた文殊の見事な一手。金色の頭陀と讃えられた迦葉でさえ、そのときゲームを落としてしまった。
One Point!- 「箚」 というのは、龍樹と提婆の公案「針箚不入」のとおり、ここでは針などを「刺す」ことです。間隙をつくようなニュアンスです。
- 「金色の頭陀」(こんじきのずだ) というのは摩訶迦葉尊者のこと。
『正法眼蔵』では「頌」の最後の「曽落節」が「曽落却」になっています。これは道元禅師が使用した『圜悟録』が宋版で原稿本とは違うためと予想されます。今はこの部分の研究を進められている方もいらっしゃいますが、ここでは『大正新脩大蔵経』に従っておきます。「節」は難しいことは言わずにそのままに、「この時節」を落としてしまったの意味としておきます。
この拈古・頌古部の出典までとりあげるとキリがなくなるので差し控えておきます。
圜悟さんの①では迦葉尊者はブッダの制令を厳粛に執行する代理人であり、文殊は十方を足下に組みしく力量の持ち主、がっぷり四つに組んであい動じず。最終的に迦葉尊者は一手を差し違え損ねた、文殊菩薩を寄り切るチャンスがあったのに、と踏んでいます。
圜悟さんの②では世界そのものが迦葉尊者であり、同様に世界そのものが文殊であり、境界は同等。しかしながら最終的に迦葉尊者が試合を落としたのだ、との見解を示してほぼ同趣旨の内容と判断できます 。
ではどこで一手を指し損ね取りこぼしたのでしょうか。宏智さんの拈古が、圜悟さんの拈古・頌古を汲んで分かるようしてくれています。
③宏智正覚・拈古(大正蔵 48 巻、27 頁c)
| 金色頭陀。有心無胆。 | | 金色の頭陀、心有って胆無し |
| 当時尽令而行。莫道百千万億文殊。 | | 当時、令を尽くして行ず、道うことなかれ、百千万億の文殊 |
| 祇這黄面瞿曇。也与擯出。 | | 祇だ這の黄面の瞿曇また与に擯出す |
| 若能如是。不唯壁立真風。 | | 若し能く是くの如くならば、唯真風を壁立するのみにあらず |
| 亦令後人知我衲僧門下。著儞閑仏祖不得。 | | また後人をして我が衲僧門下、儞の閑仏祖を著し得ざることを知らしめん |
ブッダから以心伝心して仏心印を伝えたといっても、結局迦葉には肝心カナメの肝が、度胸がなかったのだ。
と始まります。
面白いですよね、禅宗は仏心宗といわれ、以心伝心をして迦葉尊者が相承したというのをうけて「心有って」と唱っておき、今この公案の内容を示すのに対語になるように「肝無し」とあてがう。宏智さんの詩才文才が光っています。
あんたは法令をきちんと執行しているんだから、文殊の百千万億の分身を見たからって何言ってんのよ!
と続きます。さて、
そのとき仏制のとおり勇気を出して有罪の判決を下していれば、黙っていても金色の聖人面したゴータマが、お前に変わって追放してくれていた。
と押さえどころの説明に入ります。
なるほど。圜悟さんが「ブッダ・釈迦老師がなんと言おうとどこ吹く風と、そよ風が吹くように迦葉尊者は法令どおりに有罪の判決を下してハンマーを打ってしまえばいい」といっているとおり、金ピカになって聖人をよそおっている最高裁判官ブッダは、判決どおりに文殊を追い出さざる得ないのだ、というのが宏智さんの見立てです。
続く宏智さんの言葉が、分かる人には分かるのでしょうけれど、
もしそうなっていたら一段の真風などと気取った文殊に(『宏智録』巻2、頌古第1則)一泡吹かせ、お前が祖師の袈裟をまとった暇人なだけだ、と化けの皮をはがせたのに。
『宏智録』には日本で板行された9巻本の第2巻に「宏智頌古」 100 則がまとめられています。これは単行本としても流布しましたが、ここで文殊とブッダの法の有り様を「一段の真風」と形容している頌古があります。それが「宏智頌古」の第1則です。
宏智さん自身が文殊菩薩をそのように形容したので、なんだか我田引水で気になるところですが、とにかくそのような格好ばかりつけたがる文殊が聖者風を吹かしたところで、それを遮ってさえやれば、化けの皮がはがれるよ、と言っているのです。(まぁ、それで叢林に、奴の正体をさらしてやれ、とまでいっています。

禅僧は口が悪いのですが《禅はニヒリズムの系統なので、そのことにも起因していますが》、宏智さんのそれは圜悟さんを上回ります。)
この頌古を踏まえていることが分かると、一段と面白くなります。
さて、この圜悟さんと宏智さんの2人の禅師さまは、いずれも迦葉尊者と文殊菩薩の素養を同等と認めています。この時点で、すでに私の手元にある書物や店頭で見かけた何冊かの『永平広録』の説明とは食い違っています。
そしてその上で、最終的に文殊菩薩の優位、迦葉尊者の劣位を示した公案であると解釈しています。それはこの古則の出所である『大方広宝篋経』でも確認できます。
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